大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)38号 判決 1963年3月26日

控訴人 播磨鉄鋼株式会社

訴訟代理人 沢田剛 外三名

被控訴人 香山厳

訴訟代理人 竹内信一

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の申請を却下する。

訴訟費用は第一審において生じたものは控訴人の負担とし、第二審において生じたものは被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の申請を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、左に記載するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴人の主張

一、被控訴人の体格が同人が採用された控訴会社の運輸部の業務に不適格であつたゆえんを次に詳述する。

(1)  控訴会社の沿革

昭和一九年三月 大阪市浪速区木津川町を本店とし、三輸磨材工業株式会社(資本金五〇万円)として発足

同二〇年一二月 本社を姫路市に移転

同二四年一月 日伸産業株式会社と社名変更

同二五年九月 本社を姫路市飾磨区佃江に移転し、港湾運送事業を開始

同二六年一二月 資本金を一二〇万円に増資

同二八年一〇月 一般港湾運送事業登録申請

同年一二月 本社を現在地に移転

同三五年九月 社名を現在に変更

同年一〇月 資本金を一五〇〇万円に増資

同三六年三月 資本金を六〇〇〇万円に増資

同三七年二月 控訴会社の運輸部が分離独立し、姫路市飾磨区清水二九番地に日伸運輸株式会社(資本金八〇〇万円)として新発足

(2)  会社の業務内容

会社の業務内容は、(1) 鉄鋼材料および鉄鋼二次製品の加工製造ならびに売買、(2) 各種鋳造ならびに機械加工請負、(3) 港湾運送事業および回漕、陸運ならびにその荷役、(4) 前各号に附帯または関連する一切の業務である。

従業員三五〇人中、運輸部関係約三〇〇人、その他が五〇人である。会社には製造工場なく、鉄鋼材料または二次製品の加工製造をやつていない。もつぱら親会社たる日伸製鋼株式会社の資材、原料類の運搬を総括請負いしている。したがつて、従業員の作業は鋼屑の陸上作業、搬入作業、鋼塊足折作業、副資材運搬作業等であつて相当の重労働である。たとえば、工場の岸壁に着岸している船から鋼屑を陸上げするに際し、起重機の運搬に便ならしめるよう鋼屑を一ケ所に集める作業があるが、この場合足場は悪く、かつ危険な上、重量物を持ち上げるのにかなりの体力を要する、そして、起重機の運転速力は敏速であり、運転回数は頻繁であるから作業員に機敏さが要求される。また、鋼屑を電気炉に供給するためバツクに入れる作業についても、鋼屑の重量は一個約六〇キロに及ぶものであり、殊に鋼塊(インゴツト)の足折作業は特に強健な体力が要求されるのである。したがつて、本工作業員の体格は、昭和三七年二月一日現在の調査によると、左表のとおりである。

作業所名  人員    身長    体重

鋼千工場  九三人 一六二、三cm 五八、七kg

製鋼工場 一〇五人 一六七、六  五八、五

圧延工場  四八人 一六〇、九  六一、七

平均        一六四、三  五九、二

ところで、被控訴人は身長一六二cm、体重五二、五kgで、体質も強健の部類に属さない。被控訴人の試用期間中の作業は危険度の少ない、かつ、比較的軽作業に属する砂、銑鉄のトラツク積込みのみであつた。ゆえに、現場の直接監督者が被控訴人の勤務状況その体格等を勘案して、同人を本雇作業員にすることは適当でないと判断したのは、誠に無理からぬことである。

二、運輸部の分離独立に伴う解雇

(1)  控訴会社は、昭和三七年一月二六日取締役会で運輸部門における営業を新会社に全部譲渡する旨の決議を行ない、新会社は昭和三七年二月一日日伸運輸株式会社として発足し、控訴会社の運輸部関係の従業員三〇〇余名は全員控訴会社を退職して新会社に移つた。その結果、控訴会社は商事部のみ(従業員五〇名)となり、運輸部の仕事はも早や存在せず、被控訴人をうけ入れる職場がなくなつたので、控訴会社は昭和三七年三月二八日被控訴人に対し、同人を同月三一日限り解雇する旨書面をもつて通知し、右通知は同年四月一日被控訴人に到達した。なお、控訴会社は被控訴人に対し、予告手当を受け取るよう通知したが、同人がこれを受け取らないので、控訴会社はこれを供託した。

(2)  運輸部の分離独立の経過は次のとおりである。

港湾運送事業法は昭和三四年三月三〇日法律六九号により従来の登録制から免許制に切り換え、その切換え期日を昭和三七年九月末日と定めた。そして、昭和三五年一一月二四日運輸省の指導による免許申請についての打合せ会が催され、同三六年一月二六日姫路埠頭会議室で海運局姫路支局長の免許申請の説明会があり、次いで、同年三月二九日にも姫路市役所飾磨出張所会議室で神戸海運局高橋課長の説明会があつた。そこで、控訴会社においては、昭和三六年四月一日から免許申請の申請書の作成に取りかかり、同年五月三一日右申請書を提出した。ところが、その後六月一三日海運局から法律的解釈の手違いの理由で免許申請の一部訂正方の希望があり一旦受理された申請書は返戻された。すなわち、運輸当局から昭和三六年二月二日控訴会社の運輸部を独立させて新会社を設立せよとの内命があつたのである。そこで控訴会社は、一応右申請をなし免許を受けた後、この権利を新会社に譲渡する計画を樹てたのである。

(3)  被控訴人に対する昭和三七年三月二八日付書面による解雇が同人の思想信条を理由としてなされたものであるとの被控訴人の主張は否認する。

被控訴人の主張

一、控訴人主張の一の事実は、被控訴人が控訴会社の業務の作業に適しないとの点を争うがその余を認める。

二、同二の事実のうち(1) 、(2) の事実は認める。

三、控訴人が被控訴人に対しなしたる昭和三七年三月二八日付解雇処分は、被控訴人の思想信条を理由として同人に不利益かつ別異な取扱いをなすものであるから無効である。

控訴会社は、なるほど、形式的には、被控訴人の属していた運輸部門の営業を新会社に譲渡する手続を践んだのであるが、実質的にみれば、旧部門の資本、経営陣営は全く新会社のそれと同一であつて、決して相異なつた二つの人格者間の営業譲渡ではない。また旧部門に働いていた労働者も全部新会社へ引き継がれたのである。右引継ぎに際して、控訴会社は労働組合に対し、名称こそ変わつて来るが、事業(資本および経営陣を指している)は従前と変わるものではない趣旨を強調して、その同意を得るよう力めた。このような格段の事情にある場合においては、控訴会社は被控訴人をふくめて労働者全部を新会社に引き継ぐことも自由になし得た筈であるのに、かような措置を採らず、他の労働者全員については新会社に引き継ぐ措置をとりながら、被控訴人に対してのみこれと別異の措置をとり、同人を控訴会社に残留せしめ、もつて被控訴人の職場をなくせしめたのである。ゆえに、被控訴人の職場がなくなつたことを理由とする第二の解雇は、所詮さきになした第一の解雇目的を達成するための一方法たるに過ぎず、被控訴人の思想信条を理由として被控訴人に不利益な別異な取扱いをなすものであり、不当解雇たるを失わず無効というべきである。

(証拠関係)省略

理由

(一)  被控訴人が昭和三六年五月一一日控訴会社運輸部に雇傭され、給料として同年五月三〇日に六、〇〇〇円、同年六月二九日に一六、五〇〇円、同年七月二九日に一六、〇〇〇円を受領したこと、控訴会社が同年七月二九日付で被控訴人を解雇(第一の解雇)する旨意思表示をしたことは当時者間に争いがない。

(二)  第一の解雇の効力について。

当裁判所は原判決理由摘示と同一の理由によつて第一の解雇は被控訴人が共産党員であることを決定的理由としてなしたもの、すなわち、被控訴人の思想信条を決定的理由としてなしたものであつて労働基準法第三条に違背し無効であると判定するから、右摘示(原判決二枚目裏一行目いずれも云々以下から六枚目裏六行目まで)をここに引用する。右認定を左右する新疏明はない。

(三)  企業の譲渡と労働契約の帰すうおよび第二の解雇の効力について。

次に、控訴会社が主張のような事情のもとに昭和三七年一月二六日取締役会で運輸部門における企業を新会社に全部譲渡する旨の決議を行ない、新会社すなわち日伸運輸株式会社は昭和三七年二月一日設立され、被控訴人を除く控訴会社の運輸部関係の従業員三〇〇余名は全員控訴会社を退社して新会社に承継されたこと、その結果、控訴会社は商事部のみとなり、運輸部の仕事は存在しなくなつたことは当事者間に争いがない。

労働契約はわが民法上雇傭契約に属するから、普通法としての雇傭契約に関する規定あるいは契約一般に関する私法原理が適用される。しかし、労働者の給付義務は単なる物の給付義務と異なり、労働者本人の人格(人間自身)と切り離して給付し得ないものであり、労働者は企業組織の中に組み入れられ組織づけられた地位において、自らを企業所有者もしくは経営者の指揮命令権にゆだねるものである。すなわち、企業内に充用される労働は企業経営組織内の労働として企業所有者に機能的に従属する。そこで、労働契約関係は個別的債権法的性格とともに組織法的性格をも有するものであつて、この特質にかんがみるときは、雇傭契約に関する規定や債権法的私法原理は労働契約には全面的には妥当せず、修正ないし排除されねばならないものが在するといわざるをえない。企業譲渡と労働契約の帰すうの問題もこれに属する。営業は主観的観察においては商人の継続的な営利活動を意味するが、客観的に観察すると、商人の一定の営業のための組織的一体としての機能的財産であり、現代の企業においては、この組織化された機能的財産は、これに企業に組み入れられた労働者の労力が結合して、一体的な有機的組織体を構成している。企業からこの労働力を切り離すときは、その一体的有機性は破壊される。企業に従属する労働者は、特定の企業所有者あるいは企業経営者に対して労働を提供するというよりは、むしろ企業自体に奉仕する人格的存在である。ところで企業の譲渡は、前述の客観的意味における有機的組織体としての機能的財産の移転を目的とする債権契約であり、その履行によつて譲受人がその営業の主体となるものと理解されるのであるが、その動機は企業自体が一個の経済的価値を有するものとして取引の対象性を有するところにあり、その経済的価値は企業の有機的一体性を害しないで行なわれるところに維持発現される。企業譲渡において企業の経営組織が縮少変更されることなく同一性を維持しつつなされるときは、組織内に配置された集団的労働関係も縮少変更の要がないから、企業維持のために、そのままの状態で、営業主体の変更に伴つて新主体に承継されるか又は承継されると同様な措置が採られるのが一般である。この労働関係を承継存続させることは企業が社会的公共的要請に応えるゆえんでもある。なんとなれば、企業は営利的な私法的存在であるとともに、それを支配する企業所有者、経営者、それに依存する多数の従業員労務者およびその家族を含め、企業そのものが公共的性格を有するものとして保護せらるべき一個独自の社会的法益であり、企業譲渡に労働契約関係が随伴されるものとすれば、そうでない場合に生起する雇傭契約終了に関する諸問題、とくに深刻な失業問題を回避しえられるから、企業の譲渡は社会的混乱を伴わず円滑に行なわれ、社会経済の発展に寄与することになるからである。ひるがえつて法の領域をみるに、企業譲渡に際し労働契約関係が承継存続される旨を定めた一般的規定は存しない。しかし、特殊的な例証として船員法第四三条がある。すなわち、船舶所有者の変更(相続、会社の合併その他包括承継の場合を除く)があつたときは、船員の雇入契約は当然終了、この終了の時から船員と新所有者との間に従前と同一条件の雇入契約が存するものとみなされる。なおこの場合、旧所有者は船員に一ケ月分の給料同額の雇止手当を支払うべきものとされる(船員法第四六条)。これ、船舶および船員の労務関係の特殊性を考慮した規定であつて、この理を直ちに労働者一般に拡張適用することは差し控えねばならないが、企業組織の変更を伴わない主体的変更の典型的な場合とすれば、規定の趣旨と解決の方法は、本問題を考えるについて十分考慮に値いするものがある。又商法第一〇三条によれば、企業組織の変更を伴わない会社の吸収合併、新設合併の場合、存続又は新設の会社は、合併に因つて消滅した会社の権利義務を承継するものであるから、労働契約関係も当然承継移転する。この場合は地位の包括承継であるのであるが、企業組織の変更を伴わない企業主体の変更の一場合であることが着眼さるべきであろう。以上述べ来つた労働契約の組織法的性格を基底において労働問題の円満な解決という企業への社会的要請、船員法にみられる一つの前駆的法解決、包括承継の場合における商法の規定等を彼此考察すると、企業の経営組織の変更を伴わないところの企業主体の交替を意味するがごとき企業譲渡の場合においては、その際に附随的措置として労働者の他の企業部内への配置転換がなされるとか、その他新主体に承継せしめない合理的な措置が採られる等特段の事情のないかぎり、従前の労働契約関係は当然新企業主体に承継されたものと解するのが相当である。

右労働関係の当然承継がなされる場合には、それが集団的性質を有することにかんがみ、労働者の個々的同意を必要とせず、直ちにその効力を生ずると解するのが相当である(民法第六二五条の修正理論)。かような場合に右の如く解しても、特段の事情なきかぎり、一般には労働者にとつてなんらの不利益をもたらすものではないからである。しかし、もし、特定の労働者が企業の譲受人との間に労働関係の継続を欲しないならば、新主体に対し退職を申し入れ、即時解約をなすことができると解すべきである(船員法第四三条第二項は、船員に新船舶所有者との間に存するものとみなされる雇入契約について解除権を与えている。)試用工は、はじめから本工に採用されることを予定して雇い入れられるもので、試用期間というのはその間に本工とするにふさわしい適格を有するかどうかをテストするためのものであるから、以上述べたところは試用工についても異ならない。

ところで、本件についてみるに、成立に争いない乙第一五ないし一七号証と前記当事者間に争いのない事実によると次の事実が疏明される。控訴会社の営業は商業部門と運輸部門とに分れて居り、前者の部門においては鉄鋼材、鉄鋼二次製品の売買などの事業を営み、後者の部門においては港湾、運送および回漕陸運荷役などの事業を営んでいたが、昭和三四年三月三〇日法律第六九号により港湾運送事業が登録制から免許制に改正せられたことに伴い、控訴会社は経営の都合上、その営業を商業部門のみにして、運輸部門はこれを分離独立する方針を立て、同部門に関する営業設備資材得意先など営業組織一切を新たに設立される会社すなわち日伸運輸株式会社に譲渡するとともに、同部門で働いていた従業員については現職現給のまま従前の既得権を保持して新会社に承継させることとし、昭和三五年一一月二四日役員会でその旨決議し、昭和三六年一月一六日の臨時総会でこれを決定し、昭和三七年一月二五日頃控訴会社は運輸部門の従業員ならびにその労働組合に対し前記会社の方針について説明し従業員を新会社に引き継ぐことについて意見を求めたところ、労働組合はこれを了承し全従業員は異議なくこれに同意し依願退職の各届出でに代え社報をもつてこれを明らかにした。そこで控訴会社は運輸部に関する営業を新会社に譲渡すると共に従業員との間の雇傭関係を同年一月三一日かぎり終了し、翌二月一日付けで新会社に引き継いだ。ところが、被控訴人に対しては、控訴会社は原仮処分判決に基づく取扱いをなして来たが、運輸部の廃止に伴う前記の取扱いについてはなんらの通知をしなかつた結果、被控訴人からはなんの申出でもなく、控訴会社は被控訴人に対し、運輸部が廃止されたことを理由に昭和三七年三月二七日付書面をもつて第二の解雇の意思表示をなし、予告手当は被控訴人においてその受領の催告を受けるもこれに応じなかつたので控訴会社はこれを供託した。

右認定に反する疏明はない。

以上の事実によると控訴会社は昭和三七年一月三一日運輸部を廃止し、部門に関する企業を包括的に新会社たる日伸運輸株式会社に譲渡し、その従業員について新会社に承継させない等格別の措置がとられたものではないから、その従業員は右企業譲渡により当然新会社に承継せられたものと認めるべきである。そして被控訴人は第一の解雇が無効である以上右控訴会社の企業譲渡の当時控訴会社の運輸部における従業員たる地位を有していたものというべきであるから、被控訴人の右従業員たる地位も他の従業員と同様右企業譲渡により当然新会社に承継せられたといわなければならない。もつとも成立に争いない乙第一七号証には新会社においては被控訴人を引き継ぐ意思なき旨の大谷福一の供述記載があるので、新会社において被控訴人の採用拒否あるいは就労拒否が予想せられるけれども、これは別途に争われるべきで、このことのゆえをもつて、被控訴人と控訴会社との雇傭関係ないし労働関係が前記のとおり既に終了したことの認定を左右するものではない。

また控訴会社がした前記第二の解雇は、すでに従業員でないものに対する解雇の意思表示であつて、なんの効力も生じないが、その無効は本件の判断にいささかも影響を与えるものではない。

(四)  そうすると、被控訴人が今なお控訴会社の従業員である地位を有することを前提とする本件仮処分申請はこれを認容することができない。

よつて、結論を異にする原判決は取り消すべく、民事訴訟法第八九条、第九五条、第九〇条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平峯隆 裁判官 大江健次郎 裁判官 北後陽三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例